古都京都は近代建築もすごいんです 三条通は100年級のレトロビルを仰ぎながら歩くのが正解   ~前編~

古都京都は近代建築もすごいんです 三条通は100年級のレトロビルを仰ぎながら歩くのが正解   ~前編~

冨岡 ちづこ

21.08.26

冨岡 ちづこ

京都市内の真ん中を東西に走る三条通り。かつて東海道と呼ばれる江戸(東京)から続く東西の幹線道路がありました。その西の終着点とされたのが三条通りの鴨川に架かる三条大橋です。
江戸や東の地域から京都に来る人々はここを通って京都に入ったため、三条通はメインストリートの賑わいをみせるようになりました。そして京都の近代化が始まった明治から昭和初めにかけては、金融や通信関連の社屋ビルが集まりビジネス街としても栄えましたが、時と共に次第にその役割と賑わいは四条通に移っていきました。
しかし、今もなお三条通には当時の建物が残り、京都の近代化の象徴の通りとして歴史的景観界隈地区に指定されています。今回は建築ファンにも人気の三条通りの近代建築を、巨大カニ看板でおなじみの三条寺町から西へ歩きながらご案内します。

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寺町通りを西へ行くとまず左手に現れるのが1928ビルです。
1928年(昭和3)建築の旧毎日新聞社京都支局で、「関西建築家の父」と呼ばれた武田五一氏の設計です。直線的なデザインのアール・デコ様式で、屋上付近の星形の窓は新聞社の社章をモチーフにしたものです。地下のカフェ・アンデパンダンは、当時の面影をのこす異空間のようで、私は若いころ「地下組織」と呼んでよく利用しましたが、今でも学生やクリエイターから親しまれている隠れ家のようなカフェです。
現在はノンバーバル・シアター『ギア-GEAR-』の専門劇場となっており、年齢・国籍問わず誰でも楽しめるセリフなしのパフォーマンスは、京都滞在中に雨などで観光の予定変更を余儀なくされた時にも本当におすすめです!
ギア-GEAR-

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そのまま進んでいくと次の角に、赤レンガ風のビルがあらわれます。絵葉書や和紙製品を製造販売して100年以上の歴史を持つ福井朝日堂の社屋です。社名のアルファベットのロゴもレトロですよね。三条通の比較的新しい建物も、このように界隈の歴史と景観をおもんばかる外観になっているように見受けられます。

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ちなみにこの角の南北の通り、麩屋町通を南に下がって六角通を越えると、1936年(昭和11)築の革島医院があります。フランス瓦を用いた木造3階建ての洋風建築ですが、もはや蔦に覆われ全貌はわかりません!病院兼住宅ですが、道ゆく人の目を引く登録有形文化財です。

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それでは三条通に戻りましょう。再び西へ進むとあらわれるのが、ひときわ異彩を放つ家邊徳時計店の建物です。
家邊徳時計店は1871年創業の由緒ある時計貴金属商で、こちらは1890年(明治23)に建てられました。レンガ造店舗建築としては日本最古で、これほどまでに古いレンガ建築が残っているのも全国的に稀です。現在はレディースのセレクトショップMARcourtで、店舗奥は町屋建築の住居部分とつながっているそうです。また通りの向かいには町家店舗のポール・スミスがあります。

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次に右手に見える白い建物がSACRAビルです。
1915年(大正4)竣工の旧不動貯金銀行京都支店です。赤いレンガ造りが流行した明治時代から一転、1階部分だけがストライプに見える白い外壁が当時は斬新なデザインだったのではないでしょうか。現在はテナントビルとして軋む階段を上ると、私の結婚式でブーケを作って頂いたプリザーブドフラワーのプンダミリアや、ヴィンテージビーズやボタンをあつかうidolaなどが入っています。

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左手には京都発祥のイノダコーヒー三条店があります。
本店は次の堺町通を左に曲がったところなのでお間違えのないように。おなじみのポットマークがアクセントの三条支店は1970年の開店で円形のカウンターテーブルなど内装も懐古的です。京都に観光客がたくさん訪れる前は、前は地元のおじいちゃんやご婦人が集う喫茶店でしたが、今はずいぶん様変わりしました。それでもノスタルジックな雰囲気を楽しむことが出来ます。
ここで淹れ立てのコーヒーでひと休みしていきましょう。

後編へ続く

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